[谷blog] 

家と俳句

「思考の整理学」

外山 滋比古 著


の中に書かれていたことをご紹介いたします。



俳句では、主観は、花鳥風月に仮託されて、間接にしかあらわれない。

~中略~

主観が積極的に作用しているのは、小さく個性的な作品を生み出す。

真にすぐれた句を生むのは、俳人の主観がいわば、受動的に働いて、あらわれるさまざまな素材が、自然に結び合うのを許す場を提供するときである。



ということが書かれていました。

つまり、作者の主観が匂わない作品にこそ大きな個性が宿り、優れた俳句になる。と。

ふむふむ。

全く建築も同じことだと感じました。

言葉を置き換えてみますと、



住宅では、設計者の主観は、花鳥風月に仮託されて、間接にしかあらわれない。

~中略~

設計者の主観が積極的に作用しているのは、小さく個性的な暮らしを生み出す。

真にすぐれた暮らしを生むのは、設計者の主観がいわば、受動的に働いて、あらわれるさまざまな住まい手、素材、土地や環境が、自然に結び合うのを許す場を提供するときである。



いい家とは「なぜいい家か。」

が分からない家。

と聞いたことがあります。

ドラマをあえて作らなくても、

毎日の変化の中に

ドラマはある、

と思います。



毎日の

小さな変化に

耳を傾け

目を向けられる

そんな

家を作りたい

と思います。




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by vegablog | 2018-09-15 22:28 | [谷blog]  | Comments(0)